まず、今回の旅行を行くまでに
当初、この家族旅行は2009年に、出雲へ行く予定を組んでたんですが、
私が胆嚢切除の手術を受ける事となり、2年間ほど延期となってました
で、今年の正月に意を決し、再度10月に出雲へ行くと明言しました。
大浴場へ続く通路です
が、5月になって母から
「あんたら、姉夫婦の家行った事無いんだろうから、盛岡へ行かない?」
との1言で、行き先を西から東北へ変更することとなりました。
特に、3.11の震災とは全く関係ないです。
9月に入り、旅行の日程が迫ってくると、
両親&相方&姉から、いい加減旅行のプランを立てなさい!と
散々欠を叩かれ、重い腰を上げようとしてたら
痺れを切らした、父が旅行会社とプランを作成、
結局、それに乗っかる形となっちゃいました(汗)
ここなんだったかなぁ?
唯一私がしたことと言えば、
ただ行きたい所のピックアップしただけ(さすが末っ子、我ながら感心しちゃいます)
姉からは、「両親もいい歳なんだから、もっとゆっくりしたプランにすれば良いのに」等
言われましたが・・・折角プランできたのに、それを変更するのも・・・
っていうか、旅行から帰ってから最低でも1日は休養日を作りたい私は
断固反対!つうことで、今回のようなプランとなったわけです。
フェリー内の駐車場です
ただし、今回の旅行、私の両親との旅行だったので
相方が一番しんどかったんだろうなぁ・・・よく我慢したと思います。
帰郷後、相方から実はじゃじゃ麺のお店や、蕎麦食いたかったと言ってるのを聞いて
ちょっと可哀想な事したかなぁ~と少し反省
今度、自分たちだけで東北へ行く事が有れば、構想に入れようかと・・・
一緒に乗船していた鳥・・・何かは判りませんが
今回の旅行で休憩の為に立ち寄ったSAや道の駅で
お袋の買い物癖が相も変わらず凄かったので
一喝したら、お袋から「少しでも、東北にお金を落としてあげるの事が、
私にできるせめてもの復興支援だと思う」と言われ・・・思わず納得しちゃいました(汗)
そういえば、天童ホテルの女将さんに
「平泉は、少しづつ、観光客が戻ってきてるけど、その他の地域は
震災の影響で大幅に観光客減ってる、また、3.11が震災というイメージではなく、
原発事故というイメージが、他地方の方々は感じてるのではないか」と聞き、
思わず、最近の報道を見てると、そう捉える人が少なからずいるんだろうと
考えさせられました。
それでも、この女将さんは笑ってました。
少しでも、観光客が増えてくれることを祈ってますと言って・・・
ドジョウは、金の事しか言いません。
もちろんお金も重要ですが、
被災地の方々に、震災が起こる前の日常を返してあげたいと
何の力もない私ですが、考えてしまいました。
もっと書きたい事一杯有りますが、こんなちんけなブログで、
こんな事を書いても仕方ないとは思い、あえて書かないですが
今一度、復興の支援の為に何ができるのか
考えてみようと思いました。
最後に、この旅行でいろいろ親切にしてくださった
秋田・青森・岩手・山形の方々に
感謝